いのち拓く「アジア」

リッフ 雅映子

モデレーター

株式会社 SUI Associates 社長

1984年小田原市育ち、アメリカ在住1ヶ月。2005年国際ビジネスコンテスト『OVAL』、2006年北京大学と東大生が本音で話し合う『京論壇』立ち上げ。2007年東京大学教育学部卒業、3年間日経ビジネス記者。現在は日本の伝統技術・文化を発展途上国の諸問題の解決に生かすお手伝い。SUI Associates社長。

いなごとりに沢蟹とり、地引網に干物作り、箱根細工体験等々・・・小田原の大自然とそこに息づく方々に育てていただく。高校では911に北朝鮮拉致問題、大学で反日デモと、日本がどう貢献していけばいいのか真剣に考えざるを得なくなる。最近はアジアへの訪問が増え、諸国の都市化地方の崩壊が進み、過去の日本の過ちを同じことが繰り返されていることを実感。小田原モデルは世界の最先端!孫も幸せになれる小田原を作り上げることができれば、世界が今後も存在し続けるための一助になると信じている

荒川 あゆみ

パネリスト

広告代理店

1983年長野県塩尻市に生まれ。2009年東京大学大学院農学生命科学研究科農業国際専攻、修士号取得。現在、大手広告代理店ソーシャルビジネス局勤務。主に官公庁とともに、社会的課題の解決に取り組む。

大学時代にはSustainability(持続可能な社会をつくるために)をテーマに、30カ国以上から学生を集め、国際学生サミットを複数企画。 【Student Summit for Sustainability 2007】、【Japan Student Summit for Sustainability】等。国境を越えた学びあい、協業を模索する一方で、近年は地元、長野県諏訪の病院祭りを手伝うなど、農業、医食同源分野での地域モデルの構築にも汗を流す。日本の地域の課題は今後アジアを初めとする多くの国が直面する課題と考え、ローカル、グローバル双方で活動を続けたいと考える。

北野 孝一

パネリスト

富山国際大学 現代社会学部長

1942年富山県滑川市生まれ。1964年富山大学卒、1967年東北大学大学院理学研究科数学専攻修了。山形大学、東北大学助教授、富山大学教授を経て、1983年4月インテック入社、主として研究開発部門のマネージャーを経て、1990年理事・北陸地区副本部長、1996年取締役・マルチメディア事業本部長、その後首都圏本部長、2000年富山国際大学教授(4月~)、2001年地域学部長(10月~現職<兼任>)、2008年現代社会学部長(4月~現職)、理学博士

日本海学をベースに、地域社会の様々な地域活性化、森林づくりなどの活動に結びつけること(NPO法人‘環・日本海’理事長)や地方の‘小さな大学、大きな理想’を里山の環境に求めた建学の思いの具体化を開学20年を期に大学として「環日本海(北東アジア)の21世紀の諸課題に対応できるような人材の育成」による積極的な取組みを目指し、環日本地域の諸大学間との教育・研究交流の開拓と先ず手始めに観光・地域・環境をテーマの国際共同研究プロジェクトの開始を計画中。

関根 健次

パネリスト

ユナイテッドピープル

1976年生まれ 神奈川県藤沢市出身。ベロイト大学経済学部卒業(アメリカ) アメリカの大学を卒業後、帰国し、主にIT業界に身を置く。2002年に起業。学生時代に紛争地、パレスチナを訪問したことがきっかけで、世界の問題解決を目指すソーシャルビジネスを開始。2003年5月にNGO/NPO支援のための募金サイト、イーココロ!を立ち上げる。2007年より社会的企業や社会起業家を応援するソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ)フェロー。

募金サイト「イーココロ!」では国内外で活動するNGO/NPOをクリックやお買い物などで応援できるサイトです。その後もいくつかのサイトを立ち上げるが、もっと人の心を動かすことがしたいと、映画配給・宣伝を始める。映画「アリ地獄のような街」は、バングラデシュのNGOエクマットラが制作した映画で、ストリートチルドレンの現実を伝える画だ。今後、エクマットラと、ストリートチルドレンの就職先として、バングラデシュにやきとり屋レストランを開業予定だ。また、2011年から千葉県富津市に移住し、農ある暮らしを実践する。

輿 美咲

パネリスト

高校生

平成4年生まれ。神奈川の川崎出身。 中学受験で慶應義塾湘南藤沢中高等部(SFC附属高校)に進学し、現在高校三年生。そのままSFCに進学予定です。大学受験の準備もない中、田舎でのびのび育ちながら、中高6年間は好きなことに手を出してきました。

学校の閉塞感や勉強する意味が理解できず、中学3年生でピースボートに関わり始めたのをきっかけに、カンボジアの地雷撤去募金に参加したり、原子力エネルギーに疑問を持ち原爆のヒバクシャと地球1/3周をしたりと、ゴリゴリ活動していました。その度に社会運動のやり方に違和感を覚え、「自分を幸せにする力」がもっと大切なんじゃない?と視線はグローバル→ローカルに。高校生と大人がそれぞれの10年後を話すワークショップをしたり、土にハマって畑や森に行くのが幸せな最近です。この夏、キューバの高校生100人の価値観にヒントをもらいに行ってきました。サルサ踊ります。日本の小島が気になります。

水野 響

パネリスト

高校生

1992年、東京生まれの17才。生後1ヶ月でベトナムに行き、2才まで過ごしてから5年間渡米。日本に帰国し、また中学校で渡米という行ったり来たり人生でただいま国際基督教大学高等学校(ICU)三年生。米国の大学進学を目指して、今受験真っ最中です。

ニューヨークで中学三年間を経て、価値観が衝突する「面白さ」を発見。日本の高校に戻ってきたものの、授業や学校のあり方に不満でした。どうして寝ている生徒がテストさえよければAをとれるの?そんな学校へのもやもやを課外活動にぶつけて、ピースボートでインターンをする。そこで学校生活だけじゃない!外にもっと出よう!と痛感して、新しい高校生のネットワークを模索。またラテンアメリカの文化に興味を抱き、この夏、キューバに100人のティーンズの価値観を体当たりで探ってきました!

荒川 朋子

パネリスト

学校法人アジア学院 副院長

1967年群馬県高崎市生まれ。国際基督教大学教養学部卒。ミシガン州立大学大学院社会学修士課程終了。中学・高校教員を経て1995年より学校法人アジア学院(栃木県那須塩原市)勤務。2003年より教務主任。2004年より副校長兼務。2010年より事務局長・副校長。

アジア・アフリカを中心とする開発途上国の農村指導者を毎年約30名招聘し、9ヶ月の指導者養成研修を行うアジア学院(1973年創設)にて、研修事業に関わって15年。世界の農村指導者達と有機農業を基盤とした自給自足の生活を送りながら、栃木県の北部にありながら、常に世界の最も虐げられた地域の情勢を肌で感じる生活を送っている。

野中 ともよ

コメンテーター

NPO法人ガイア・イニシアティブ 代表

東京都出身。上智大学大学院文学研究科前期博士課程終了。1979年より、NHK、テレビ東京等で多数の番組メインキャスターを務める。日興フィナンシャル・インテリジェンス株式会社 理事長、アサヒビール株式会社取締役などを経て、 2002年6月より三洋電機株式会社 取締役、2005年7月~2007年3月同社代表取締役会長。2007年8月にNPO法人ガイア・イニシアティブを設立、代表を務める。また、現在は内閣府沖縄振興審議会委員、宇宙航空研究開発機構(JAXA)経営アドバイザーも兼務。

著書:『心をつなぐ生き方』、『ガンバレ、自分!』『私たち「地球人」』ほか多数。

木内 孝

コメンテーター

株式会社イースクエア 代表取締役会長

ドイツ・ハンブルグ生れ、イギリス育ち、義務教育は日本で受け、カナダ・プリティッシ・コロンビア大学院とMITスローン・スクールで学ぶ。三菱電機常務取締役としてアメリカ三菱電機の社長・会長を務め、企業の社会責任の遂行に数多くの実績を残す。 現在は(株)イースクエア代表取締役会長、NPO法人・フューチャー500理事長、World Wisdom Council理事、21世紀臨調運営委員。

ボルネオ島サラワク地方の熱帯雨林で自然は人間さえ来なければみんな幸せ、諸悪の根源は我々人類だと気づき、爾来自然を“師”とする生き方を通して自然環境・持続性・社会責任の分野で活躍。都心の自宅の屋根には太陽光パネルが張り詰められ、狭い庭には3万匹の日本蜜蜂を飼う養蜂家。倹約・健康・謙虚の「三ケンで生きる」がモットー。

紹介動画

『第3回ローカルサミットin小田原』